ホシミスジ近畿地方以西亜種

ミスジチョウっていう蝶のグループがあります。黒地になんとなく三本線。ツーン、ツーンと滑るように進む感じはヒヨドリのようでもあり、ピューッと行って動きを止めるというところはアメンボのよう(?)でもあり……って少しも説明にならないわけですが、少しく羽ばたいてグライド、みたいなのを繰り返すスタイル。無駄に力は使わないぜ、ふふふ、なんてなちょびっとクールなイメージ。そんなことを蝶が思うわけはない。何を言っているんだ。

その中にホシミスジという種があるんだけど、今年はよく見かけます。というか、うちにやってきたのは全部ホシミスジだった、確認できたものだけだけれども。
ちらっと検索してみたら、2010年の東京都のレッドリストがひっかかった。そこにはホシミスジは区部には非分布と書かれていてびっくり。毎日のように見かけるけどな。
そして、このあたりで目撃されるものは「近畿地方以西亜種」というものだそうで、国内外来種と括られているらしい。つまり、いないはずのものというべきなのか。

こういう知識、現実世界で役に立つのか立たないのかと言えば、おそらくほとんど役に立つまい。調べた私自身でさえ、これらの情報をじきに忘れてしまいそうだ。
だったら、無駄じゃん、なんて言い出すのは浅慮の極み。人は実利のみにて生くるに非ず。ホシミスジの亜種なんてものの生態を調べまくっている物好きな(失礼!)研究者たちがいるおかげで私のような愚かしいものがあれこれと夢想するひきがねになったりすることもあるわけだし、実利に直接結びつかない研究も含めて、学問という塊というかスライムのようなむにゃむにゃしたものというかは、全体知として進んでいくものなんじゃないのかな、ときにちょびっと後戻りしたりもしつつ。
さらにもっと無駄じゃん、と言われそうなものに藝術ってものが挙げらそうだ。さて、もう一度書こう、原典に寄せて。人はパンのみにて生くるに非ず。音楽や文学で腹はふくれないけれども、心を揺さぶられたりすることは大いにあるわけで、それをも無駄というのかどうかってことだ。

なんてなことをゴダールのニュースを目にして思った。
というより、ゴダールって意味がわかんない、なんて言う友だちが数十年前にいたのを思い出した、というのがより正確かもしれん。意味がわかる、わかんないじゃねえんだよ、と当時の私は答えた。

私は今でも『勝手にしやがれ』がいちばん好きかな。先月も観たばかりだ。録画ものだけれども。ベルモンドがゆらゆらふらふらっと走っていく後ろ姿、見飽きてるはずなのにぐっとくる。

そういや、高円寺のゴダールと呼ばれていた出鱈目だけどおもろいやつがいたなあ。彼はいまどうしているのだろうな。また一緒に一杯やりてえなあ。