ついでにもう少し。

肺炎が完治してもいないのに、先月、でかめの腫瘍を摘出したばかりで尻の縫い目がまだ痛い、ああ、辛いってところなんで、長い文章を書く気が起きないんだけれど、ついでだから、もうひとつ書いておくか。

普段、そんなに積極的にはポストしたりシェアしたりしない知人の中に、コロナ以降、何だかあれあれ急にやや饒舌になっていますね、と思える人が何人かいます。その数人はどういうわけだか、みんな、PCR検査なんかやっても無駄だ、という論調なんですよ。しかも、ちょい強めの。
不思議だ。なぜ急にそう発信せずにはいられない気持ちになったんだろう。そんなことを思う。

盆暗な私の意見としては、必要な検査を積極的におこなわないことを推奨するのは科学的な態度じゃないし、高熱が出ても4日も待ってろとか、まるで理解できない。医療の放棄、知性の放棄だと思う。
検査の量と感染者の量とはリンクしているように思われがちだけれども、検査してもしなくても感染している人は感染しているし、また逆も真なり。仮にものすごくたくさんの感染者が発覚したとしても、そこから先はマネイジメントの問題であって、個々のドクターのレベルの問題ではないし、ましてや、そのせいで患者(候補)に負担を強いるということはあってはならないことでありましょう。
私の頭が少なからずピンボケなのは自覚しているけれども、それにしても、そういう強めの主張をする人の意見やシェアしているものを読んでも納得のいく説明に未だに出合えていない。不思議だぜ。いやあ、まじで。
なぜ日本だけが特別なのか、誰か教えてほしい。世界ではどんどん検査をする方向にシフトしているし、徹底的に調べていく韓国のやり方を見習うべきだという書き方も少なくないのにさ。
コロナ狂想曲が始まるまでは、早期発見早期治療がとても大事。それが患者本人のダメージを少なくする一番の方法だし、治療期間も費用も少なくて済む。なので、結局は税金の節約にも繋がるんだってな説明を受けていたものだ。なのに、なぜ今回は違うの? しかも、日本だけが?
そういう不思議な疑問を抱えたまま日々過ごしていますよ。

先日、友だちのポストにコメントしたところ、私の理解力が足りないことを心配してくれたんでしょうね。見ず知らずのお医者さんが長文でコメントしてくれたんだけれど、まるで響かなかったですよ。というか、私があちこちで読んできたものと著しく異なるでたらめとしか思えない記述もいくつもあった。なので、いちいちお相手をつとめる気にもなれずにスルーしてしまった。ごめんね。
ただね、問題は彼が医者という看板を背負って書いているということなんですね。ネットの社会では声が大きい方が優勢になりがちだってことはあると思っています。その際に、肩書きが医者だとさ、この人が書いていることは真実に違いないって信じやすい気持ちになる人も少なくないでしょう。私の目にはいくらでたらめに映ったとしても。それが気になるんだ。

今朝見かけた16日付のWHOの親玉のコメントみたいなの。

「すべての国にシンプルなメッセージがあるんだ: 検査してくれよ、検査してくれよ、検査してくれよ。
検査せずには、それぞれの事例を切り分けられっこないし、感染の連鎖を断ち切ることもできないんだよ」

雑な人間が雑に訳すとこんな感じでしょうか。

ちなみに、私は医学的な知識などないど素人だし、積極的に多くの記事を読み解くような努力もしていない。気紛れにつまみ読みしたことをイカれた脳内でかき混ぜているだけなので、勿論、大きに間違っている可能性があるでしょう。そこんとこよろしくね。