とにもかくにも、暴力では何も解決できない

いまTwitterを開いたり、海外のニュースを眺めたりするのがとても辛いですよね。人が人をいとも簡単に殺める状況が毎日続いている。こういう現実をきちんと受け止めねばいかん、恐ろしい現実から目を逸らしてはいけないとは思うものの、その一方で、自分の脳や精神のダメージのことも考えなければいけないとも思える。
とにもかくにも、一秒でもはやくこの殺傷行為を止めなければならないということだけは確かなんだけれども、さて、できることは何か。難しい。

いろいろと恐ろしいことだらけだけれども、何よりも恐ろしいのが、この陰惨な現状を押し進めているのが、先進国とされている国家で、選挙で選ばれた者だということです。ネタニヤフもプーチンもそう。ゼレンスキーだってそうだ。
これはどういうことだろうか。彼らは、つまり、選挙で選ばれたから絶対的に正しいなんてことはないという生きた証明だってことでしょう。これはものすごく重要なことで、しかもあらゆる国に当てはまることです。首相だの何だのってものは選挙前の不完全な情報をもとにその瞬間に多数の支持(消極的な意味であっても)を得たというだけのことでしかないんですよ。その翌日から、いや、選ばれた瞬間から批評の眼差しで見ていかないといけないということです。まさかこんなことをするとは思わなかった、ということは十分にありえるわけで、選挙でえらばれた人だから盲目的に信用しよう、応援しよう、なんてことは以ての外。国民は常に彼らの言動を厳しくみつめなきゃいけないし、メディアにはその先頭に立ってもらわにゃあかんのだが、だが。

とにもかくにも、暴力では何も解決できないということ。今はそれに尽きるんだけどね。