出鱈目なやつが多すぎる

私は選挙に出たいと思ったことはないし、当然出たことはない。
なんだけれど、まあ、仮に出たとしよう。
すると、なんじゃかんじゃ公約を申し述べるだろう。で、どういうわけだか、それが人心と噛み合って当選したとする。そしたらさ、何が何でもその公約は実現したいよね。だって、みんながそこを見て投票しくれたんだから。そこで頑張らにゃ何のための出馬かってことだ。

さて、いずれ任期も終わりに近づきます。
そのときに公約がほぼほぼ何も達成できていなかったらどんな心境だろう。恥ずかしい。恥ずかしさの極みだ。にもかかわらず、もう一度選挙に出ようかな、なんて私なら思えない。どんだけ面の皮が厚くても、だよ。

にもかかわらず、まかりまちがって、もう一度やらせて〜なんてことで、出馬するのなら、まず公約をちいとも達成できなかったことを平に詫び、事情説明をするところから始めねばならんよね。そこをすっ飛ばして、新しい公約を持ち出すとか、そういうのはなんて言うの、頭がおかしいのか、あるいは、そうではなく失態から人々の目を逸らせるための阿漕な戦略なのか。何にせよ、そんなやつ、信用できねえ。

あれ、何の話がしたかったんだろう? 
TPP絶対反対みたいなこと言って打って出たくせに実際にはTPPどんどん進めちゃうようなやつの話だったっけ? それとも、犯罪をおかしてもしらばっくれるやつの話だっけ? それとも、お金や物で票を買っちゃおうとするやつの話だっけ? それとも……。
近頃の政治家って出鱈目なやつばっかだからわかんなくなっちゃう。

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舐めちゃいかん

意味がわからなかった「東京アラート」も意味がわからぬまま解除され、いよいよライヴハウス(やダーツ・バー)も縛りをはずされそうなようで、まずは何より。

私自身は次回の通院で、CTに肺炎がうつらなくなっていれば、現場復帰できるのかなあ、ぐらいのイメージでいるわけですが、結局のところ、お医者さんと要相談ってことでしょうか。

新型コロナは(少なくともアジア界隈では)致死率がそこそこ低いし、無症状に終わることも多いらしく、恐るるに足らんってなスタンスの人もいるでしょう。陰謀論だってある。

それはそれとして、昨年のハードな肺炎以来、私が感じていることは書いておこう。
(これはあくまでも素人の個人的感想ですぞよ)

肺炎はなかなか100%は回復しない病気のような気がしますよ。
ごくごく若い、二十歳前のおにいちゃんおねえちゃんならまた違うのかもしれないけれど、少なくとも中高年以上のおっさん・おばちゃんにはちょびっと手強い相手なのではないかな。
完全には回復しなかったとしても、日常生活にそうそう影響がないレベルには戻りはする。私の場合もそうだ。
ただ、100%じゃないってことは唄い手さんやラッパ吹きのみなさんなんぞには大きな問題になる可能性がありますよ。サビのここぞってところであと一息、いや、二息たりないってなことになったりしかねない。なので、ぜひぜひ気をつけてほしい。いや、ほんとに。

昨年の退院時、検査によるデータではおおむね75%ぐらいまで肺の機能が戻ってきているって話だったんだけれど、それから1年以上たった今でも100までは戻っていない。CTやレントゲンに肺炎がうつるうつらないってなこと以上に生活の中で実感がある。肺炎ってそういうやつなんだよ。舐めちゃいかんね。

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「好きなヴォーカル4人を」って話

「好きなヴォーカル4人を」って話、セカンド地元の先輩からご指名いただきまして、さて、どうしたものか、と思いつつ。
我があさがやんずレコードの看板娘2人、Misacoとミヤザキナオコを真っ先にあげたいところだけれども、それはまた別の機会に、というか、CDや配信でぜひ聴いてみてください、とお願いするに留めておきます。こんなところで宣伝かいな? イエス。よろしくお願い申し上げます。
ここ <http://asagayans.net> をみてみてね。

さて、本題。
ものすごく悩んだのだけれども、結局のところ、小中高の各時代に聴きまくった人たちに落ち着きました。落ち着かせました、というべきか。各人の項目の最後には好きなアルバムの好きな曲を記すという親切設計。
この4枚は今でもたまに聴いています。

・ポール・ロジャース(Free / Bad Company)
もともと音楽は好きだったけれども、どんどんロックに吸い寄せられていった中学生時代。雑食の私、現代音楽から歌謡曲まで、あれこれと聴き漁っていたものだけれど、いわゆるバドカンの、ストレートなサウンドが気持ちよくてね。ある時期、やたらとリピートしていた。結局のところ、この声が好きなんだろうな。
— グッド・ラヴィン / Good Lovin’ Gone Bad
『ストレート・シューター / Straight Shooter』

・ジョン・ロットン(Sex Pistols / PIL)
先に書いたように、もともとロックに限らず、はばひろくエンジョイしていたのだけれど、この人と出会ったおかげで音楽に対するスタンスが大きく変わったな。いろいろな音楽を聴いてきたことが全てこの方向に集約していくというような気がして、ずんずんパンク/ニューウェイヴの世界にのめり込んでいく羽目に。うん。
— さらばベルリンの陽 / Holidays in the Sun
『勝手にしやがれ!! / Never Mind the Bollocks, Here’s the Sex Pistols』

・ケイト・ブッシュ
彼女の声、耳にした途端にいともたやすくノックアウトされた。声という楽器を見事に使いこなして、類のない独特の世界観を作り上げて。歌詞も印象的で、好き嫌いは別にしてこれは俺には書けないなあ、という感想を持ったことを思い出した。生意気な高校生だ。
『天使と悪魔』という邦題、好きではないが、今になってみればこういうタイトルをつけるしかなかった気持ちも少しわかるような気がしなくもない。
— 嵐が丘 / Wuthering Heights
『天使と悪魔 / the Kick Inside』

・とみたいちろう
私の父は学者だったんだけれども、学者人生の途中で意外なところにもひっかかっていて、そのひとつがELECレコード。立ち上げの頃から関わっていたので、ELECの作品はよく聴いたし、ライヴにもちょこちょこ連れていってもらっていた。泉谷・古井戸・たくろうなんぞをよく聴いていたのだけれど、それ以上によく聴いたのがとみたいちろうのファースト。声がいい。曲がいい。どういうわけだか、親父が歌詞を手伝っていたりもする。
もっと評価されるべきアルバムだったよなあ、と今でも思う。
この人は今も活動しているのかな。検索してみるか。
— 道
『Take 1』

こんな具合で如何がでしょうか。

ついでにもう少し。

肺炎が完治してもいないのに、先月、でかめの腫瘍を摘出したばかりで尻の縫い目がまだ痛い、ああ、辛いってところなんで、長い文章を書く気が起きないんだけれど、ついでだから、もうひとつ書いておくか。

普段、そんなに積極的にはポストしたりシェアしたりしない知人の中に、コロナ以降、何だかあれあれ急にやや饒舌になっていますね、と思える人が何人かいます。その数人はどういうわけだか、みんな、PCR検査なんかやっても無駄だ、という論調なんですよ。しかも、ちょい強めの。
不思議だ。なぜ急にそう発信せずにはいられない気持ちになったんだろう。そんなことを思う。

盆暗な私の意見としては、必要な検査を積極的におこなわないことを推奨するのは科学的な態度じゃないし、高熱が出ても4日も待ってろとか、まるで理解できない。医療の放棄、知性の放棄だと思う。
検査の量と感染者の量とはリンクしているように思われがちだけれども、検査してもしなくても感染している人は感染しているし、また逆も真なり。仮にものすごくたくさんの感染者が発覚したとしても、そこから先はマネイジメントの問題であって、個々のドクターのレベルの問題ではないし、ましてや、そのせいで患者(候補)に負担を強いるということはあってはならないことでありましょう。
私の頭が少なからずピンボケなのは自覚しているけれども、それにしても、そういう強めの主張をする人の意見やシェアしているものを読んでも納得のいく説明に未だに出合えていない。不思議だぜ。いやあ、まじで。
なぜ日本だけが特別なのか、誰か教えてほしい。世界ではどんどん検査をする方向にシフトしているし、徹底的に調べていく韓国のやり方を見習うべきだという書き方も少なくないのにさ。
コロナ狂想曲が始まるまでは、早期発見早期治療がとても大事。それが患者本人のダメージを少なくする一番の方法だし、治療期間も費用も少なくて済む。なので、結局は税金の節約にも繋がるんだってな説明を受けていたものだ。なのに、なぜ今回は違うの? しかも、日本だけが?
そういう不思議な疑問を抱えたまま日々過ごしていますよ。

先日、友だちのポストにコメントしたところ、私の理解力が足りないことを心配してくれたんでしょうね。見ず知らずのお医者さんが長文でコメントしてくれたんだけれど、まるで響かなかったですよ。というか、私があちこちで読んできたものと著しく異なるでたらめとしか思えない記述もいくつもあった。なので、いちいちお相手をつとめる気にもなれずにスルーしてしまった。ごめんね。
ただね、問題は彼が医者という看板を背負って書いているということなんですね。ネットの社会では声が大きい方が優勢になりがちだってことはあると思っています。その際に、肩書きが医者だとさ、この人が書いていることは真実に違いないって信じやすい気持ちになる人も少なくないでしょう。私の目にはいくらでたらめに映ったとしても。それが気になるんだ。

今朝見かけた16日付のWHOの親玉のコメントみたいなの。

「すべての国にシンプルなメッセージがあるんだ: 検査してくれよ、検査してくれよ、検査してくれよ。
検査せずには、それぞれの事例を切り分けられっこないし、感染の連鎖を断ち切ることもできないんだよ」

雑な人間が雑に訳すとこんな感じでしょうか。

ちなみに、私は医学的な知識などないど素人だし、積極的に多くの記事を読み解くような努力もしていない。気紛れにつまみ読みしたことをイカれた脳内でかき混ぜているだけなので、勿論、大きに間違っている可能性があるでしょう。そこんとこよろしくね。

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こんなことを呟いておく。

ご存知のように私は医学には何の造詣もなく、というか、所謂ど素人です。そんでもって、弛んだ生をへらへらと過ごしている戯けた者でございます。改めて言うまでもない。なので、私が書くことをいちいち真に受ける人もそうそうはいないだろうけれども……という前提の元、ちょっと体験談を書いてみようかな、と。

私、昨年、死に損なうってレベルで倒れたんですね。きっかけはインフルエンザで最終的には間質性肺炎で一ヶ月ほどの入院加療になりました。まだ通院は続いています。

で、何を書いておきたいかというと、高熱が4日続いたとするとどうなるかってことです。
人によって状況によってそれぞれだろうけれども、私の場合、まじでよれよれになりました。トイレまで歩けない。這っていくのがやっとという状態。食べるのは無理、水を舐めるだけ。とてもじゃないけれども、その状態で電話して相談などという気力体力何もありませんでしたよ。ただただ朦朧としているばかり。今でもその当時の記憶は曖昧なままです。
運良く、かかりつけのドクターに発見してもらえて助かりましたけれどもね。いや、やばかった。

昨今、新型コロナのおかげで、高熱が出ても普通の人は4日待ってから問い合わせの電話してくれってことだよなと思い込んでいる人がたくさんいるように思います。日本人の多くはとてもとても真面目で同調圧力にも弱く、もし高熱が出ても4日間は自力で頑張ろう、そういもんなんだ、って心算でいる人が多いのではないか、と。ところが、それを守っていたら生命に関わる危険な段階に陥る可能性もあるということを知っておいてほしいんですよ。
なので、やばそうだと思ったら、2日目だって……なんだったら1日目でもかまわないから、どこかに、誰かに助けを求めるべきです。いや、本当にそうするべきです。思い込みで頑張って危険な目にあってる場合じゃない。病気の時に助けを求めるのは当然のことです。

言いたいのはこれだけのことです。ぜひ、ご一考くださいませ。ま、素人の意見なんであてにしてもらっても困るんだけどね。

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