こんな日がくるとはなあ、と。

ministry2015winこの「Ministry」という雑誌、本来なら私には縁がなさそうな代物であります。それが何ゆえ手元にあるのかというと、編集をしているのが友人、そして、また別の友人の文章が掲載されてもいる。そんなわけでね。
中学で一緒にボールを蹴りバンドをやっていた仲間が宗教家になって専門誌の編集にも携わる。繊細な相貌で高校の教室の窓辺に立っていた友だちがきちんとした言葉を持った学者になった。そんなこと自体、数十年の時代の流れが感じられて面白いんだけれど、その彼らがこんな形で、いま接点を持つということがますます面白い。いや、面白がってはいられないんだけれども。

ベルリンの壁が壊れた時、生きているうちにこんな日がくるとはなあ、と思ったものです。当時、父が入院していた広尾の日赤に日参していて、その記憶ともリンクしているせいか、殊更に印象が強いことのひとつ。こんな日が来るなんて、と寝たきりの父親に語りかけたから。

思いもよらぬことはこれからだって起きるんだろうな。
それがいいことであればいいけれど、例えば、日本がもう一度戦争に巻き込まれる日がくるとはなあ、なんてことを歎ずる日が来てしまうかもしれない。そんなことが漠然と頭の中をよぎり、気が滅入る。気晴らしに今から呑むか。いや、そういうことではないんだ。

今の日本は異常事態の渦中にあります。大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、私にはそう感じられるわけですよ。とにもかくにも、各人がきちんと周りを見て考えて行動しないといかんよなあ、と思うわけ。いや、ほんとに。

Kim Shattack、期待に違わず。

ticket昨晩の the Muffs、すごくよかった。いや、ものすごくよかった。
期待通りなんけどすごくいいって何と言えばいいのやら、よくわからなくなるような。
Kim Shattack、文句なしに恰好いいね。キュートでタフ。あの、自然に湧き出るシャウト、最高だ。
思わず、昨晩はメールの文面、全部シャウト入りにしたよォー。明後日の入り時間ゥワー? お疲れさまですゥウー、とかァアー。
照明がついて追い出しのBGMが流れ始めているのに再アンコールにもたっぷり答えての大サービス。
ただ、お客さん入れ過ぎで、かなり窮屈で苦しかったな。ドリンクのお代わりもままならない状態。小柄な女性たちはステージがまるで見えなかったそうですよ。

O.A.で一夜限りの再会というSloth Love Chunksもなかなかだったので、今、『四角いVISION』を聴いてみている。ライヴの方がもっとよかったな、PAがぎりぎりアウトぐらいの感じで残念だったけれども。
こんなバンドが現存しないなんてもったいないなあ。

気になったのはお客さん。
携帯で撮影している人があちこちにいて、目一杯に手を挙げるから視界を遮るし、光が気になるし、何とかならんものかいな。これからはそんな人がどんどん増えるのだろうか。いやだな。
それと、あのギュウギュウ詰めの状態で左右にはばひろく揺れている若者が別々に2人。乗るのはいいけど、あれはない。そもそもthe Muffsってそういう乗りじゃないよってことは別にしても近所にいた人には相当に迷惑だったろうね。

ようやく明けました。

20140105
何だかしれないけれど、12月下旬から妙な忙しさに巻き込まれてしまい、結局、年末年始もスタジオに乗り込んで録音したり、ギター弾いたり、エディットしたりミックスしたりってことを続けざるをえず、どうにかこうにか解放されたのが3日の深夜、明けて4日。それまでも、家族が顔を合わせて、おめでとうございます、なんてことで、一杯二杯をぐいっとやったりはしましたよ。したわけではありますが、例年のような、年末感、お正月感を味わうこと叶わず、まともに呑むことすらしていない。何なんだ、2014年。

そんなこんなで三ヶ日をふいにした私は、思いつきました、昨年は倍返しってものが流行ったんだったよな、などと。もっとも、その倍返しのナントカカントカを見たことはないんだけれども。倍返しなどとけちくさいことは言わない。十倍返しといこう。いや、いっそのこと百倍返しといきましょうぜ。どうだい、大した太っ腹じゃないか。

ということで、1月4日からようやく始まった私のお正月は三ヶ日などではなく三百ヶ日とでかくでることにします。あと299日、10月30日まで楽しく正月気分でへらへら呑んだくれて過ごします。うははは。ご機嫌。素敵。

仕事っぽい用事のある方は、正月明けの11月1日以降にご連絡くださいませ。何はともあれ、本年もよろしくお願いいたします。

寒風の宵

300w

一日に一枚ぐらい腰を据えてアルバムを聴きたい。映画をみたい。本を読みたい。そんなことを思う。そんなことを思うのは、必ずしも、それが実現できていないからであります……ありましょう?

現代社会というのは、あるいは、大人というのは、時間が足りないものなのだよ、というようなことを言うつもりは全くない。時間なんて、ねえ、そういう代物ではないでしょう。

本日、Massacreの『Lonely Heart』を爆音で聴いていた。ファーストには適うべくもないけれど、暫く振りに触れたら、痺れる、なかなかいいじゃん、なんてところ。ところが、もう幾許かで終わりそうであるなあという汐に、ばか猫が脱走するという騒ぎがおきた。寒風吹き荒ぶ中、地べたに這い蹲って、りりちゃん、りりちゃ〜ん、などと、文字通り、猫撫で声を出す仕儀と相成る。結局のところ、無事に捕獲できて胸を撫で下ろしたわけではあるけれど。

寒風の中、地べたに這い蹲る45分。その前では、Mssacreの轟音も些か空しい春の宵。

厠の片隅で、か細い温風を淡々と吐き出すストーヴを眺めながら、そんなことを思う。300W。

そんな夜

20130203
信頼を失うのは一瞬だけど、取り戻すのは時間がかかるもんだよね。そういうありきたりな感慨をあらためて。